逆さ文字と鏡文字は違う、までがオチ

 

「逆さ文字」ってあるじゃないですか。

 

 対面した相手がこちらに見えるよう、逆側から文字を書いてくれるあれ。座って話をする携帯ショップみたいなお店で店員さんが披露してくれる小粋なスキルです。

 

 あれって本来ならば、

 

 1.客が読んでいる用紙をいったん自分に向けて
 2.「A」と書き込んで
 3.それをまた客の向きに変えて渡す

 

という三つのステップを、「∀」と書くだけで二手間省いてるわけで。作法の良し悪しはともかく、見た目のかっこよさだけでなく意外と実用性がある。

 

 たとえばちょっとしたパーティーに招かれたときも、2ステップキャンセルサインで受付の渋滞を緩和できるし、ちょっとした爆弾を解除しようとして「爆発物処理申請書をしろ!」とおカタイ上司に書類をつきつけられたときにも、素早くサインしてタイマーを残り2秒で停止できる。エンタメ的に絵面は微妙になるけど、「いつでもちょっと余裕のある男」として僕の評判はうなぎのぼり。これ。

 

 というわけで早速練習してみましょう。まずは手元の紙に逆側から「一二三」。

 

 書けちゃった。まあシンメトリーは楽だよね。ならばと今度は「加藤」と書いてみる。すると画数増えてややこしいわりにはちゃんと書けてる。あれ? 僕ってば才能あっちゃった系?

 

 なんて思ったらひらがながきつい。「あ」「ぬ」「ね」みたいないかにも頭がこんがらがりそうなものはともかく、「し」とか「く」みたいなシンプルなものも逆になってたり。これは練習が必要だなあ。

 

 俄然失せるやる気。でも思い返してみればリバースライティングの使い手はひらがなを書いてなかった気がする。主に重要箇所に波線を引いたり、「一ヶ月」みたいな簡単な文字を書くだけだったり。

 

 あ、そうか。このスキルは将棋と一緒なんだ。決まった文字しか使わないから、逆さの読み書きにもスムースに対応できる。そもそも楽をするためのスキルなんだから、練習する必要なんてなかったんだ。オーケー、これに気づいた時点で僕もイケメンの仲間入りだぜ!

 

 などと一人ニヤニヤしながら病院へ。出産費用の精算諸々をするのです。

 

 窓口であれこれ話を聞いていると、担当者のイケメンがリバースライティングの使い手だった。ふふん。僕は知ってるぜ。きみのイケメンがこけおどしだってことをね!

 

 むふーと勝ち誇っていたら、イケメンが怪訝な表情をしつつ「こちらの金額を返金させていただきます」と電卓を叩いた。

 

 僕に画面を向けたまま、向こう側から手を伸ばして。

 

 彼は本物のイケメンだった。きっと血の滲むような努力でリバース系スキルの熟練度を上げたのだろう。そうして医療事務の仕事をしたり、爆弾魔から街を守っているんだ。だからこそ彼はイケメン――むしろikemenなんだ。

 

 今の僕はuǝɯǝʞıでしかない。まずは鏡を買うことからはじめよう。