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スプラトゥーン イカローラー日記(4)

 

『シオノメ油田の攻防』

 

 

 


 1


「ロックンロォォォォル!」

 

 開幕と同時に《ようちゃん@ママ》はプロモデラーMGを乱射しながら突撃した。イカセンプクもせずにぴょんぴょんと跳ね、ただ敵のいる方へまっすぐに進む。本物のトリガーハッピーにリロードなんて必要ない。インクが尽きるよりずっと早く、彼女はリスポン地点に戻っている。

 

「――兎はどこだ?」

 

 スクイックリンを担いだ《jackthesniper》は通路の切れ間に陣取ってライフルスコープを覗いていた。そうして獲物を探す、探す、探す……。その間に床塗りはしない。彼の信条は『ワンショットワンキル』。「より多く床を塗ったチームが勝つ」というナワバリバトルのルールはまるで理解できない。

 

 そんなイカれた仲間たちを横目にスタート地点周辺にローラーを転がす。僕が塗らなければ誰もこんなところ塗らない。《ようちゃん@ママ》はラスト十秒を切っても「ヒャッハー!」とステルスジャンプで敵の前まで飛んでいく。

 

 そういえばもう一人はどこだと手元のタブレットを見ようとしたところ、背後にやたらとしょんぼりした気配を感じた。

 

 振り返ると《パンおいしいもん》がうなだれてスタート地点に立っている。パブロ使いの彼女は試合開始と同時にあっという間に見えなくなるけど、数秒後にはリスポン地点に戻ってくる。自慢のスピードが制御しきれず、自ら海に落ちるから。

 

「パンおいしいもん……」

 

 おまけに彼女はメンタルがマンボウ並に弱い。そのスピードですべてを置き去りにするくせに、前回のフェスで負けたことはいまだに引きずっている。

 

 このチームに組み込まれた時、僕は頭のエンペラを抱えて嘆いた。こんなイカ間たちとじゃ絶対に『赤い狐』には勝てない。勝利どころか床を三割塗れるかも怪しい。今すぐ抜けて別のチームに入れてもらおう――そう考えた。

 

 でも、僕は結局チームを抜けなかった。なぜなら下馬評では僕たち『緑の狸』より『赤い狐』の方が圧倒的多数だったから。うまいチームに入れてもらって「試合」に勝てたとしても、僕たち『緑の狸』が「勝負」に勝てることは絶対にない。だったらこのイカ間たちと一勝を上げる方が、フェスとしては絶対に面白い。

 

「大丈夫! パンおいしいよ!」

 

 落ち込む《パンおいしいもん》を励ます。しゅんと垂れ下がっていた彼女のエンペラがピンと立った――と思った時にはもう、その姿は僕の前から消えていた。

 

 気づけば遠くのエレベーターで《パンおいしいもん》がぶんぶんと嬉しそうに筆を振っている。赤い狐も緑の狸も関係ない。彼女にとってはパンがすべてだ。僕がごはん派だったことはフェスが終わるまで秘密にしておこう。

 

「さて。こっちもそろそろイカないと」

 

 僕はイカベーダーキャップをかぶり直し、《ようちゃん@ママ》が塗り残した通路へ向かう。大きく息を吸ってグリップを握ると、ぐいと前方へフレームを押し出した。

 

 シュコロロロ、と小気味よい音でローラーが回転し、コンクリートの床にびしゃびしゃと緑のインクが溢れていく。

 

 シオノメ油田を塗るのは好きだ。通路の幅がスプラローラーにフィットしているから真ん中を進むだけで塗り残しがない。潮風に押されてスピードが増す感覚も気持ちがいい。細身のカーボンや重いダイナモではこうはいかない。

 

 緑の狸Tシャツが胸に貼りつくスピードで、僕は颯爽とローラーを転がしていく。

 

 やがて通路が途切れると、眼下にこじんまりした未塗装のエリアが見えた。あのエリアは中央に積まれた材木以外に障害物の類がない。ローラーには塗りやすい場所だけど、一本道の通路を塞がれると逃げ場がなくなえいにっちもさっちもイカなくなる。たとえるならば「ウナギの」ならぬ「イカの寝床」だ。

 

 インクを補充しつつ辺りをうかがう。赤い狐側の通路にイカ影はない。イカの寝床は戦況を大きく左右するエリアではないけれど、こういうところをきっちり塗っておくのもローラーの役目だ。

 

 僕はグリップをしっかり握り、覚悟を決めて通路の端から飛び降りた。

 

 空中でフレームを振りかぶる。背負ったタンクからインクが大量に吸い出される音。両手を思い切り振り下ろすと、ローラーの先端から緑色が迸った。

 

 びしゃっと床に広がったインクと同時に着地して、外周に沿うようにローラーを押して走る。海から吹く風がツインテンタクルを揺らした。海上のスピーカーからはシオカラ節が聴こえる。

 

 ノリノリで外周を塗り終えてもインクタンクには余裕があった。残す塗装箇所は中央の材木置場のみ。僕はふうと軽くイカセンプクし、タブレットでイカ間たちの様子を確認しようとした。その時――。


「あづっ! あっつぅ!」

 

 いきなり肌を焼くような痛みに襲われて、僕は慌ててイカダッシュで身を引く。何事かと骨のない首を回すと、空にオレンジ色の雨が降っていた。

 

 

 

 2

 

「――『赤い狐』!」


 フェスの夜空にオレンジの雨を降らせていたのは、『赤い狐』チームのローラーだった。通路の切れ目でばしゃばしゃとスプラローラーコラボを振る『赤い狐』は、クロブチのメガネ越しに勝ち誇った様子で僕を見下ろしている。

 

「ルールをわかってないシューターとチャージャー。自爆するパブロ。ひょっとして、あんたら『緑の狸』はやる気がないのか?」

 

 かっこよくメガネくいっするクロブチに触発され、僕もかっこよく応戦する。

 

「やる気はあるよ。少なくとも僕はね」

 

「上等!」

 

 スプラローラーを振りかぶり、クロブチが通路から飛び降りてきた。瞬間、僕はスペシャルゲージを解放してシャキーンと無敵のダイオウイカに変身する。当たり前だ。ゲージが溜まっていないスプラローラーが勝負を受けて立つわけがない。

 

 バカなやつめと意趣返しのドヤ顔で見上げると、クロブチが「げえっ!」と醜く顔を歪めた……ほんの一瞬だけ。

 

「……なんつって! あんたバカだろ?」

 

 シャキーンと耳慣れた音がして、頭上のクロブチが巨大なダイオウイカに変身した。当たり前だ。ゲージが溜まっていないスプラローラーが勝負を仕掛けてくるわけがない。バカは僕だよ僕のバカ! 

 

「おっと。逃げても無駄だぜ。あんたより俺の変身の方が一秒遅い」

 

 クロブチがオレンジ色のダイオウイカになって僕の前に立ちふさがる。障害物の少ないイカの寝床では、同じスピードで泳ぐ相手を振りきれない。僕の変身が解けた瞬間、クロブチは嬉々としてダイオウイカアタックをぶちかましてくるだろう。

 

 そうわかっていても、いや、わかっているからこそ、僕は材木置場の周囲をぐるぐると逃げ回った。

 

「往生際の悪いイカだな! だがもう変身が解ける。3……2……1、これで終わりだ!」

 

 変身が解けた僕をめがけ、オレンジ色のダイオウイカが飛んでくる。

 

 同時に、空からイカガールが降ってきた。

 

 トリガーハッピーの《ようちゃん@ママ》は、僕とダイオウイカの間で仁王立ちになると、「ヒャッハー!」と笑いながらプロモデラーMGをぶっ放した。弾丸の雨がオレンジ色に降り注ぎ、こちらに迫っていたエンペラをカキンカキンと押し返す。

 

「くっ……! あんた、同じ所をぐるぐる回っている間に『カモン!』しておいて、イカ間がイカジャンプする時間を稼いでいたのか!」

 

「そうだよ。ダイオウイカ同士で重なったままだと、イカ間が飛んできた瞬間にやられちゃうからね」

 

 説明的な会話が終わると同時に、クロブチの変身が解けた。《ようちゃん@ママ》のプロモデラーが火を吹き、オレンジ色の小さなイカが緑のインクに沈んでいった。

 

 助かりましたとお礼を言おうとしたところ、《ようちゃん@ママ》は「フハハハハ!」と高笑いしながら新たな血を求めて飛び去っていった。

 

 空に輝く空っぽのタンクに向け、僕は敬礼と「ナイス!」を送った。

 

 

 

 3

 

 ダイオウイカレースをしている間に、イカの寝床はだいぶクロブチに塗られてしまった。僕はオレンジの上からぺたぺたと緑のインクを重ね、満足いったところで細い通路を進み始める。

 

「『分岐についたらインクを補充しよう』と思っているな? そうはイカの煮っころがし! さっきゲソつけられた恨み、倍にして返してやるぜ!」

 

 聞き覚えのある声に振り返ると、クロブチがシュコロロロと、ローラーを転がしながら僕を追ってきていた。

 

「『もう復活したのか』という顔をしているな! 俺はアタマ、フク、クツ、すべてに『復活時間短縮』のギアを装備しているのだ! さあ、潔く勝負しろ!」

 

 なんて後ろ向きなセッティング……などと呆れている場合じゃない。スペシャルゲージが溜まってない今、僕にはクロブチを追い払う方法がない。足を止めての撃ち合いなんて論外だ。ローラー同士の戦いはショットガンのそれとほぼ同じ。エイムの腕など関係なく、運のない方が負けてしまう。

 

 当然僕は逃げの一手で、細い通路を塗り逃げた。が、分岐を左に曲がったところでふいに体がつんのめる。まさかと得物の先端を見ると、ローラー部分に素地の水玉模様が浮き出ていた。

 

 延々とオレンジの床が続く一本道で、僕のインクは尽きてしまった。

 

「観念しやがれ『緑の狸』! 今度こそぎゃふんと言わせてやる!」

 

 背後からはクロブチが追ってくる。もうインクを補充する時間はない。僕は「南無三」とつぶやいて十字を切り、歯を食いしばって前方へジャンプした。

 

「ぎゃふん! マジあっついこれ!」

 

 オレンジの床は『赤い狐』の汁をぶちまけたように熱かった。涙目でぴょんぴょんジャンプを繰り返し、僕はなんとかエレベーターの前へ進む。床は一面オレンジ色だけど、このエレベーターは《パンおいしいもん》がしっぽのように筆を振って緑に染めていたはずだ。

 

 待望のエレベーターがやってくる。後からクロブチが迫ってくる。目の高さに緑色が見えた。僕は震える両足を踏ん張って、最後の跳躍を試みる。

 

 半歩、届かなかった。エレベーターが空気だけを乗せて再び上昇していく――。

 

「さあ、ぎゃふんと言いやがれぞなもし!」

 

 背後でクロブチがローラーを振りかぶる気配があった。そして語尾にはブレがあった。どうやらいまだキャラが固まってないらしい。たぶん「さっき言ったよ!」と伝えても通じないだろう。もはやこれまでか――。

 

 そう諦めかけた時、突然僕の前に一本の「道」が現れた。

 

「なにぃっ!? ぬわーっっ!」

 

 驚きながら緑の竜巻に飲まれたクロブチを尻目に、僕はエレベーターの脇に現れた道――一瞬で緑色に塗られた鉄パイプ――をイカダッシュでするする上っていく。

 

 それは《jackthesniper》が偶然作った道だった。もちろん彼は僕を助けたわけじゃない。「ワンショットワンキル」を旨とするチャージャーは、イカ間を助けるために無駄なインクを撃ったりしない。

 

 ただし、彼がスペシャルを使う時だけはそのルールが変わる。誰しも経験があると思うけど、あまりにもうまいチャージャーが敵チームにいると、イカたちは常に射線の死角を移動するようになる。エイムの腕だけは確かな《jackthesniper》にとって、試合の後半は獲物がいない退屈な時間だ。

 

 だから彼はスクイックリンβを使う。βのスペシャルといえば壁の向こうにいる相手も倒せるスーパーショットだ。いくら彼でも見えない敵は狙えないから、スペシャル発動中は壁をめがけてひたすら竜巻ショットを撃ちまくるしかない。

 

 そんな闇雲の一発が、偶然僕の前に道を作っただけなのだ……たぶん。


 上層に着いて自陣を振り返ると、《jackthesniper》は定位置にいなかった。スーパーショットの反動で海へ落ちたのだろう。

 

 まあイカだから問題ないよねと、僕は海面に浮かんだ泡に向け「ナイス!」を送った。

 

 

 

 4

 

 僕がクロブチに追い回された「イカの寝床」とは逆に、「上層の北の方」はシオノメ油田の激戦区だ。高所と遮蔽物が豊富にあり、塗装可能な面積も多い。ここを制圧したチームが勝利するといっても過言じゃない。

 

 現在は激戦区の入口付近で《ようちゃん@ママ》が「ゲラゲラゲラゲラ!」とプロモデラーMGを乱射している。《jackthesniper》よろしく「ワンジャンプワンキル」を繰り返す彼女のおかげで、敵の『赤い狐』は北の空間に閉じ込められていた。おかげで僕は戦闘に巻き込まれず、こうして通路のオレンジを緑に塗り替えることができる。

 

 しゅりしゅりと通路にローラーを転がしていると、途中で《パンおいしいもん》とすれ違った。彼女は『赤い狐』にやられる度に、せっせとリスポン地点から北の激戦区へと通う。そんな彼女をビーコンにして、《ようちゃん@ママ》が「ヒャッハー!」とイカジャンプで飛んでいく。死を恐れないトリガーハッピーと小心者のスピードスターは案外いいコンビだ。

 

「パンおいしいよ!」

 

 すれ違いざまに声をかけると、《パンおいしいもん》が嬉しそうにぶんぶん筆を振った。すると、筆先から飛び散ったインクが、僕を追いかけてきたと思しきクロブチに偶然当たる。ウボァーと情けない声で床に溶けていく彼は、生粋のかませイカだと思った。

 

 きょとんとしている《パンおいしいもん》に、僕は親指を突き立てて「ナイス!」を送る。《パンおいしいもん》はぱあっと顔を明るくさせ、さっきよりも大きく筆を振って北の激戦区へ走っていった。

 

「……レディオヘッドの『パブロ・ハニー』って、こういう意味だったのかな」

 

 見惚れてぽけーと突っ立っていた僕は、背後から忍び寄るクロブチにあっさりと轢かれた。

 

  そんな風に塗ったり塗られたりぺらぺらになったりメガネくいっされたりして、三分間のナワバリバトルは終了した。毛足の短い太った猫が50.2%対42.5%で『緑の狸』チームの勝利を告げる。リザルトはイカのようになった。


 僕 ローラー 1188pt 0/1
《ようちゃん@ママ》 シューター 765pt 13/13
《パンおいしいもん》 パブロ 688pt 1/10
《jackthesniper》 チャージャー 573pt 9/1


 その後も僕たちは奇跡の連勝を続けたけれど、最終結果はやっぱり『赤い狐』の勝利だった。『緑の狸』は得票数で『赤い狐』に倍以上の差をつけられていたんだからしょうがない。

 

 ただ、『緑の狸』は勝率において『赤い狐』を上回っていた。もちろん負けは負けだけど、今回のフェスはスーパーサザエ以外にも色々得るものがあった。

 

 朝食の「ナイス!」なスティックを食べながら、僕は日記を書き終えた。